油彩画の材料、白色油絵具のシルバーホワイトとチタニウムホワイト

2022年8月31日

私が普段油彩画の描画や描き始める前のキャンバスの地塗りで使っている白絵の具はほとんどチタニウムホワイトであるけれども、それはここ二十年ほどの間のことで、それ以前はシルバーホワイトを使うことがほとんどだった。シルバーホワイトが有毒な鉛白を原材料にして練られた油絵具であるために、いつの頃からか酸化チタンを原材料にしたチタニウムホワイトを使うようになっていったのだ。しかしながらチタニウムホワイトの大きな欠点とも言われていることは、白の被覆力がとても強力で、他の色を食ってしまいパステル調とか粉っぽいといった言葉で表現されるような色調になってしまう傾向が強いことで、1990年代の前半に画家の川口起美雄さんに私の油彩画を批評してもらったことがあり、「画面が粉っぽいですね、グレーズ技法などもうまく活用してみたらどうでしょうか?」といったコメントをもらったことがあるが、その当時はまだチタニウムホワイトを使い始めたばかりの頃で、他の色を食ってしまうこの絵具の特徴にうまく対処できていない時期でもあったのだ。
しかしながら年を重ねていくうちに、私自身この絵の具の特徴にうまく対応できるようになっていて、画面が粉っぽくなったりしてしまうことは、現在ではほとんどない。
それ以上に、油彩画は、いくらでも重ね塗りができるので、何年もかけて重ね塗りを続けていくうちに、多少画面の色調が沈んでしまうのだが、チタニウムホワイトの白の強さがその沈みを補ってくれるような働きもしてくれて、とても重宝して使っている白絵の具なのである。白色絵具には他に、人体に害のない亜鉛華を原材料にするジンクホワイトがあるけれども、この白色絵具は、チタニウムホワイトとは対照的に白の被覆力がとても弱く、また乾燥した後の絵具の堅牢さにも欠けているため、画家を職業としている方でこの絵の具を常用の白絵の具として使っている人はあまりいないのではないかと思う。しかしながらチタニウムホワイトのように他の色を食ってしまうことがないため、市販の白絵の具には、このジンクホワイトとチタニウムホワイトを混合した白絵の具も存在している。
シルバーホワイトは、人体に有害な原材料が使われているとはいえ、絵具に重量が感じられるような独特の触感がある。私の漠然とした感覚では、赤絵の具のバーミリオンやシルバーホワイトは、宗教画の描画によく合っている絵具であるといった印象もある。
私自身の描くテーマも宗教寺院や仏像などが多いが、絵具ではないが普段使っている油絵の具の溶剤に乳香の樹液から造られるマスチックワニスは、実際エジプト旅行中に現地のコプト教会などで、乳香が焚かれている場面に出くわしたこともあり、マスチックワニスは私にとっての特にお気に入りのワニスでもある。
1988年の私が芸大在籍中にあった佐藤一郎助教授による絵画技法材料の授業でも、キャンバスの地塗りには鉛白も使われていた。しなしながら私自身に限らず、後々になって多くの画家がこの白絵の具を使わなくなっていった大きな要因のひとつに、市販されている有害性のある絵具のチューブに、そのことが明記されるようになったことも大きいと思う。画家の佐藤一郎氏と東京芸大油画技法材料研究室から2014年に出版された『絵画制作入門―描く人のための理論と実践―』によれば、日本では平成元年(1989年)以来、このような表示がなされるようになったそうで、鉛白の有害性について次のように解説されている。

『EU諸国では、絵画における鉛白の使用は減少し、チューブ油絵具のリストに鉛白(シルバーホワイト、クレニッツホワイト、フレークホワイト、レドホワイト)は見当たらない。チタン白と亜鉛華(ジンクホワイト)とその混合物が増加している。
 鉛白、すなわち塩基性炭酸鉛は、塩酸の25%溶液の一種である胃酸に溶解する。粉末状の鉛白を画家が使用すると健康に対する悪影響がかなり高まるので、できるかぎり鉛白顔料の使用は避けるべきである。・・・・
 平成元年以来、日本洋画材料工業協同組合・絵具専門部会(クサカベ油絵具、ターナー油絵具、ターレンス油絵具、文房堂油絵具、ホルベイン油絵具、松田油絵具、ルフラン、W&Nニュートン)は、製造物責任法に準拠し、容器への表記事項、有害性物質含有製品の判断基準値の策定を行っている。
 国内法だけでなく、ASTM、GHSなどの欧米の動向も参考に、平成七年四月絵具専門部会としての東一基準値を策定し、ラベル表記を実施している。
現在、絵具と画用液のラベル表記に「引火性あり」「有毒性あり」の二種類のシンボルマークを使用し、「警告」のシグナルワードを表示し、警告文を付けている。』絵画制作入門 p83より

公開日 2022年8月31日 水曜日

画家のノート