西洋絵画における油彩画の技法と東洋の漆絵、密陀絵について

2022年6月30日

一般に日本人が油絵と聞くと、厚塗りでこってりと絵の具が乗せられたゴッホのような絵画作品をイメージする人が多いと思うが、欧米の絵画技法材料に詳しい東京芸大油画技法材料研究室の教授でもあった画家の佐藤一郎氏から直接聞いた話では、チューブからひねり出したままのような絵具を厚塗りでキャンバスに乗せて描かれる表現は、西洋絵画の歴史ではかなり最近のことらしい。西洋絵画の伝統的な技法では、テンペラ技法をベースに、作品の完成段階に薄塗のグレーズで油絵具をのせる程度の使い方が一般的だったそうだ。
そのため、よく聞かれる「西洋の油絵表現は淡白な東洋人の体質には合っていない」といった言葉をそのまま受け入れてしまうことは、正しい理解とは言えない面が大きいようなのだ。
私自身が初めて知った油彩画の技法書はグザヴィエ・ド・ラングレ著『油彩画の技術』なのだが、高校時代に当時、文化祭で展示されていた私の油絵作品に感銘を受けたという方から、「自分は画家の道を諦めようと思っているので、画材道具のすべてをあなたに託したい」と言われ、その際画材道具といっしょにいただいたのがこの技法書だった。
この技法書との出会いはその後の私自身の絵画表現に大きな影響を及ぼしているが、それはこの技法書の最初に書かれている「油彩画の起源はおそらく中国の漆絵にあり、漆絵が完成された完璧な技法であるのに対し、西洋の油彩画技法は過渡的なものでしかなった・・・」といった言葉だった。欧米で生まれた表現技法であると思い込んでいた油彩画の起源が東洋にあるかもしれないという情報を知っていたために、油彩画=西洋画であるという先入観を持たずに済んだのだ。
「油絵表現は日本人の体質に合っていない!」といった言葉は、高校時代以降美術予備校や、美大の大学教授からもよく聞かされた言葉であるが、彼らのそういった言葉をそのまま鵜呑みにしないで済んだのも、欧米人のラングレによる技法書の最初に書かれたこの言葉を知っていたからということが大きかったのだ。
また、これも佐藤一郎氏から直接聞いた話では、日本の法隆寺、玉虫厨子に描かれている「捨身飼虎図」などは、油彩で描かれているそうで、その当時の日本で描かれていた油彩画については、彼が中心になって出版された油彩画の技法書に次のように解説されている。
「油絵というと、西洋画というふうに思ってしまうが、日本にも油画法は古く飛鳥、奈良時代に存在し、油絵具も使用された。密陀絵には荏油あるいは桐油に、乾燥を促進させる一酸化鉛である密陀僧を加え、加熱処理を施し、それに顔料を混ぜて、油絵具にして描く「油画法」と、あるいは膠絵の表面にその油を引く「油引(油色)法」の二種類がある」
私自身は、以前から日本絵画の保存修復に強い興味を持っていたので、密陀絵のことはかなり以前から知っていたが、最近のアーティストの中にはそういった情報を知らずに油彩画の技法をたんに欧米から輸入された技法のひとつであると思い込んでいる方も多いのではないかとも思う。

 

アトランティス ローズ 油彩、キャンバス F3号 2007年作
アトランティス ローズ 油彩、キャンバス F3号 2007年作
公開日 2022年6月30日 木曜日

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