制作中の鉛筆画,南インド アルナーチャレーシュワラ寺院の彫像より
2017年2月28日
まもなく終了予定で現在制作中の鉛筆画。南インド、アルナーチャラ山の聖地ティルヴァンナーマライにあるヒンドゥー寺院、アルナーチャレーシュワラ寺院内の彫像を描いた作品。タイトルは『真我顕現 - アートマ・シッディ』となる予定。モチーフの写真は一九九五年秋に現地を訪れた際に撮影したもので、当時はまだデジカメはなくその頃使っていたフィルムカメラのキャノンEOSシリーズ初代機EOS650にポジフィルムで撮影したもの。アルナーチャレーシュワラ寺院の中にある彫像群の中でも特に私のお気に入りで撮影当時からいつか鉛筆画に描いてみたいと思っていた。その後もティルヴァンナーマライは幾度となく訪れているのでアルナーチャレーシュワラ寺院を訪れる度にこの彫像群を目にしていたけれどもなかなか描き始めるきっかけをつかめず、ようやく描き始めたのが四年程前の二〇一二年秋。私はこの時期、結果は不合格であったけれども母校の東京藝大の文化財保存修復、日本画研究室の博士課程を受験していて、この鉛筆画は他の油彩画と共に受験の際の提出作品として描き始めたものだった。アルナーチャレーシュワラ寺院内の彫像には石から直接掘り出された彫像もあるけれども、この彫像に関してはおそらく漆喰や石膏のようなもので表面が造られていたようで、風雨にさらされこの二十年ほどの間に彫像の形態がかなり甘くなっていて一九九五年の撮影時にもすでにそういった傾向が現れ始めていた。しかしながら作品として描く過程では直接岩から掘り出された彫像のようなメリハリのある質感をイメージしながら描いた。保存修復の博士課程の受験での提出時期は二〇一三年二月、作品提出時にはその時点なりに見られる作品として描き上げていたけれども、その後も時間を見つけずっと描き続けてきた。そして今現在でもまだ描き続けたいという気持ちは残っているけれど描き始めからすでに四年が過ぎ、紙も部分的に擦り切れてしまいその部分はフィキサチーフで固めながら描いたりもしている。また最近は新たな鉛筆画をどんどん描き始めたいという思いが沸き起こってきてしまっているので、そろそろ筆を置こうと思っている。この作品描き始めてから二年程が過ぎた頃とても苦しい状況に陥ってしまい、挫折しそうになる。細かい手作業での描写を使った絵画制作の難しさは描写を詰めていけばいくほど作品がより魅力的になるとは限らないという点。そしてもし油彩画だったらやけになって潰して終わってしまった可能性が高いけれども、鉛筆画は紙自体を破ってしまわない限りは油彩画のように一気に塗り潰してしまうといったことが出来ず、結局その後も辛抱しながら少しずつ修正していきなんとか描き続けることができた。またその頃東京の美術展で見た十七世紀オランダの画家、フェルメールの傑作『天文学者』も私がこの鉛筆画を描き続けることができた上での大きな原動力になってくれていたと思う。私にとって特に晩年のフェルメール作品の大きな魅力のひとつは彼がイリュージョンの三次元描写をしていながらも、同時に物理的にキャンバス上に絵の具を置くといった自覚が失われていない点、写実的な描写技法を使いながらも晩年のセザンヌやまたピカソ、ブラックがキュービズムの作品で描いているような描かれるモチーフを二次元の平面上で物質としての自立性を確保できるような画面要素に変換しながら描いていくという意識がはっきりと感じられる点にある。そしてイリュージョンの写実的な描画を使ってこの作業を行っていくことは、キュービズムのように平面上で物質としての自立性を確保し易い抽象的な線や色面のみを使った描画や、晩年のセザンヌや初期キュービズム作品のようにモチーフが平面化されよりシンプルなフォルムに単純化された描画よりも遥かに難度が高いのだ。そういった意味で晩年のフェルメール作品は私にとっては彼の生きていたエリアや時代を超越してしまったオーパーツのような場違いな作品に見えてしまうのだ。
旅先で撮影してきた遺跡などのスナップ写真を写実的な描写で描く際の制作過程でここ数年の間に以前と大きく変わった点は、最近はモニタに映した画像を見ながら描くようになり、以前のようにプリント写真を見ながら描くことがなくなってきたこと。プリント写真の場合濃淡やズームなどの違いで複数枚のプリントを用意して描くことが多かったけれども、モニタを使って描くようになってからはズームは自由自在、濃淡もレタッチソフトやモニタ本体の明度、コントラスト調整などで簡単にできるようになり、描写の作業環境が以前よりも遥かに快適になっている。また作品の描き始めの輪郭合わせにプロジェクタを使う際には最近ではパソコン画面を直接投影できるタイプのものを使うようになり、デジカメで撮影した写真やデジタルデータとして取り込んだフィルム写真はレンズ補正や画像の自由変形もレタッチソフトで簡単に出来てしまうので、自分の描きたいイメージにより近い画像に修正してからプロジェクタで投影するようになっている。そんなこともあり撮影したままの生のポジフィルムを直接投影するタイプの古いプロジェクタはほとんど使わなくなった。
アルナーチャレーシュワラ寺院のこの彫像群、特に自身の胸に手を当てている彫像とそのすぐ下に位置している踊るシヴァ神像のように複数の腕を広げたポーズの彫像、そしてこの二体の組み合わせには描き続けてきた過程で一層その魅力が増してしまった感があるので、いつか将来少なくとももう一枚は新たに描いてみたいと思っている。
公開日 2017年2月28日 火曜日
画家のノート コラム・エッセイ