クメールにはじまり、クメールにおわる

2026年1月13日

二〇二五年の去年一年間全体を振り返って、私自身の意識の中を一言で表現すれば、『クメールにはじまり、クメールにおわる』の一言に集約されていたような気がする。それほどクメール文明と彼らの生み出した芸術に心酔してしまっている昨今の私ではあるが、しかしながらちょうど一年前の二〇二五年の元旦には、理由もなく(二〇二五年はエジプトが盛り上がる年になるのでは?)といった予感が沸き起こってしまい、元旦から最近はあまり聞かなくなっていたエジプトの音楽を聞いてみたりしていた。以前は自分の意識が実際にエジプトを訪れている時間帯以外でも常にエジプトと共振しているというとてもはっきりとした感覚があったが、エジプトの音楽を聞いていてそれが久しぶりに甦ってきそうな気分になっていたのだ。
ところが、元旦からエジプト気分で盛り上がったその翌一月二日、一九九〇年代に深夜の大ピラミッド登頂やピラミッド内で瞑想を行ったりする際によく私のガイドをしてくれていたギザのピラミッドエリア在住の古いエジプト人の友人が亡くなっていたことを知り、ひどく落ち込んでしまうことになる。もう彼がこの世に居ないのではエジプトを訪れる大きな楽しみの一つがなくなってしまったなと、実際彼と接していたときには行き違いもあったし最近では現地を訪れても彼の自宅に立ち寄ることもなくなっていて、私にとってそれほど重要な人物であったとは感じていなかったが、彼が亡くなった今、私にとってとても重要な人物であったことに気づかされたのだった。
それから数日後、図書館で古代エジプト関連の書籍を数冊借りてきた。その際借りる本はすべてエジプト本のつもりでいたが、図書館を出る間際に偶然『クメールの芸術』(河田洋子 訳)というタイトルの写真集が目に止まってしまい、この書籍も借りていくことになった。私は長い間アトランティスとのつながりで古代エジプトに強い関心をもっていたが、最近は特に造形表現の素晴らしさという点でクメール芸術の方に特に強い魅力を感じるようにもなってきていたのだ。そしてこの写真集はプノンペン国立博物館の収蔵品をそのまま紹介している内容で、ここ最近幾度もこの博物館を訪れている私にとってはこの写真集にさらに興味を感じてしまい、借りるだけでなく入手もできないだろうかと思うようになる。フランス語からの翻訳本にあたるこの写真集はもう絶版のようで結局ヤフオクで購入することになった。そして結果的にはこの書籍がさらなるクメール熱を自身に湧き起こさせる大きなきっかけになってくれたような気もする。
クメール文明に関心を持ち始めていろいろ学んでいくうちに頻繁に目にする人物の名は、石澤良昭。彼は長年に渡ってクメール文明の研究と遺跡の保存修復に関わってきた方だそうで、アンコールワット関連の書籍の多くに石澤良昭という名前を見かけることになったが、さらに写真集『クメールの芸術』をはじめ彼が監修や翻訳に関わったクメールの書籍をたどっていくと、カンボジアは以前にフランスの植民地であったということもありフランスという国に辿り着いた。そのフランスとカンボジアとのつながりでいろいろ調べていくと、アンコールワット遺跡の芸術的価値を初めて西洋に紹介した人物として当時アンコールワット遺跡の発見者とも言われていた十七世紀の博物学者で探検家のアンリ・ムオや、同じ十七世紀後半の時期にメコン川探検隊の隊長としてカンボジアを訪れているデッサン画家でもあったルイ・ドラポルトの名が目に留まった。この二人はどちらもクメール遺跡の素描作品を残している。私自身もまた画家であり『クメール芸術が素晴らしすぎる』と日々心の中で思い返すことが多い中、ドラポルトもクメール芸術の精髄をきちんと見極めていたようで、1880年に出版された著書『アンコール踏査行』(三宅一郎 訳)の中で、彼は次のように語っている。

『かくもさんらんと輝いたかの文明は、今日ではこの特権国から退去したが、その大地は、比類なき肥沃さとともに残っている。 ・・・この民族の驚嘆すべき過去を復活し、その精髄が生んだ素晴らしい傑作を再建し、つまり、一言にして言えば、芸術史と人類史に新しい一ページをふやすことが、われわれの義務ではなかろうか?』

写真術を学び素描も描いているアンリ・ムオも彼の著書『インドシナ王国遍歴記』(大岩誠 訳)の中でアンコールワット遺跡を次のように称賛している。

『かくも美しい建築芸術が森の奥深く、しかもこの世の片隅に、人知れず、訪ねるものといっては野獣しかなく、聞こえるものといっては虎の咆哮か象の嗄れた叫び声、鹿の啼声しかないような辺りに存在しようとは誰に想像できたであろう。 ・・・われわれはまる一日をここの見物に費したが、進むにつれていよいよ素晴しく、ますます酔わされてしまった。   ああ! 私にシャトオブリアン、ラマルチーヌにも匹敵する筆力、あるいはクロード・ロレンのような画才が恵まれていて、このおそらくは天下に比類を見ないと思われる美しくもまた壮大な廃墟の姿がどのようなものであるかを知人の芸術家たちに示すことができたなら。・・・この寺を見ていると魂はつぶれ、想像力は絶する。ただ眺め、賛嘆し、頭の下るのを覚えるのみで、言葉さえ口に出ない。この空前絶後と思える建築物を前にしては、在来の言葉ではどうにも賞めようがないからである。』

彼らと同様、クメール芸術に深く心酔してしまっている現在の私自身も、現地で撮影してきた写真データを元にどんどん素描や絵画作品を描いていきたいと考えているが、つい最近まで身内の健康状態が不安定でなかなか落ち着いて画業を進められる状況にはならなかった。特に2024年5月のカンボジアでの滞在中、日本にいる母が体調を崩したとの連絡があり、その後の予定をキャンセルして帰国した後はずっと身辺の状況が落ち着かず、現地で撮影してきた写真データの整理すらいまだ未完了にある。しかしながら今年2026年こそは自身の画業という点においても『クメールにはじまり、クメールにおわる』一年でありたいと願っている今日この頃なのである。

アンコール国立博物館でクメールの彫像をスケッチをする筆者 2023.9.5
アンコール国立博物館でクメールの彫像をスケッチをする筆者 2023.9.5
公開日 2026年1月13日 火曜日